インドの新人類より学ぶインドの現代社会

インドの受験戦争が過酷なことは知る人ぞ知るところであるが、インドの超難関

大学を卒業したばかりのタルンがかつて私の部下となった。生まれた時代と場所

さえ違えば、私がタルンの部下になるべきところだが、 そこは人生の不条理で

ある。私はタルンと様々な土地を出張したが、彼との出会いを通じて、インド人に

対する印象とインドに対する認識が少なからず変わったと言える。

 

「このようにインド各地を出張するのは好きかい?」

「Sir(通常、インド人は階層や年齢が上の男性を名前ではなくSirと読ぶ)、いい

機会を与えてもらえて、とてもラッキーと思っています」

「旅行が好きなんだな」

「はい、子供の頃、親に連れられて海外旅行を三回経験しました。ヨーロッパと

オーストラリアに行ったことがあります」

「俺も旅行が好きだけど、インドの鉄道は時間が読めないのがストレスなんだよな。

いつも不思議に思うのだけど、インド人は電車の出発が二時間も三時間も遅れる

ことに平気なんだろうか?」

「いいえ、そんな事はありません。先日、パンジャブ州の親戚の家に行くため、

ニューデリー駅発の電車の切符を買ったのですが、始発にもかかわらず、二時間

以上も待たされて、本当に苛々しました。このようなことは時間の無駄であると

しか言い様がありません。しかし、時間の観念に欠如しているインド人が多いのは

事実で、これはインド人が改善しなければならない点だと思います」

「それにしても、恵まれた家庭で育ったんだな。お父さんは何の仕事をしている

の?」

「南部の町で自動車タイヤの小売店を経営しています。兄が父の仕事を手伝って

います」

「じゃあ、タルンはグルガオンでひとり暮らしかい?」

「はい、下宿屋で相部屋生活を送っています」

「何歳だっけ?」

「二十五歳です」

「趣味は?」

「車が好きで、先日、マルチスズキの車を中古で買いました。会社には車で来て

います。週末はすることがないので、典型的なインド人みたいに自宅で映画を

見ています」

「スポーツは何かしているの?」

「週に何回か、出社する前に会員制のジムに寄って、筋トレをしています」

「月収はいくらもらっているの?」

「八万ルピー(十六万円)です」

「新入社員の割りにいい給料をもらっているんだな。会社の食堂でランチのカレー

を食べても五十ルピー(百円)なんだから、金が貯まってしょうがないだろう?」

「そんなことはありません。もっといい給料を出す外資系企業はいっぱいあり

ますよ」

「大学では何を専攻していたの?」

「マーケティングを専攻し、MBA(経営学修士)を取得しました」

「だから、いつも飛行機の中で、英語で書かれた経営学の分厚い本を読んでいるん

だね?」

「そうです。昨今インドでは多くのビジネスチャンスが生まれてはいるものの、

厳しい競争に勝ち残って、キャリアップしていくためには勉強は不可欠だと

思います」

「インドで大学に入るのは難しいじゃないの?」

「はい。私の大学はインドでもトップテンに入る大学ですが、毎年十万人の学生が

受験して入学できるのは二百人。豪華率は〇.二パーセントです」

「そんなに優秀だったのかい?」

「本当はもうひとランク上の大学に行きたかったので、その大学に受かっても

全然嬉しくありませんでした」

「こんにゃろう!オメーって奴は嫌味な野郎だ!ところで、大学は男ばかり

だったの?」

「そうですね、中近東やアフリカからの留学生もいましたが、九割は男でした」

「女が少ないのは寂しいね」

「Sir、そうは言っても、みんな勉強でストレスが溜まるので、週末にはパーティー

をやっていました」

「女でも酒は飲めるの?」

「酒だけでなく、タバコもセックスもやります」

「インドの女性にそういうことは許されているの?」

「表向きは許されていません。インド人は二つの顔を持っていて、本当はセックス

が大好きですが、それを人前で見せることはありません。私に言わせれば、

インド人は世界最大の偽善者です。」

「結婚相手はどうやって見つけるの?」

「おそらく今でも九割方の国民は見合い結婚だと思います」

「結婚する場合は、必ず親の同意を得る必要があるのだろうね」

「はい、そうです。親の同意がないと、法律的に結婚は成立しません」

「それでは、親はどういう視点で相手のことを判断するのだろうか?」

「宗教が同一であることは絶対条件で、その次はカーストです。カーストが違うと

ライフスタイルや価値観が違うので、結婚したとしても、お互いが相手の習慣に

合わせるのが難しいのです」

「カーストはどのくらいあるのだろうか?」

「何千と腐るほどありますが、名前を聞けば、相手がどのカーストに属するかは

だいたい分かります」

「じゃあ、例えば十人の女性が学校にいるとすると、どれくらいの女性がアシーム

と同じレベルのカーストに属しているのだろうか?」

「おそらく一人でしょうね。ですから、結婚相手を探す時は、親や友達の助けを

借りながら、これこれのカーストでいい人はいないか探すことになるです」

「もしも、その十人のうち、カーストは低いけれど、知的で、美人で、タルンに

好意を持っている人がいたとする。タルン自身も彼女に対して好意を抱いた場合、

彼女のカーストが低いがために、君は恋愛感情を抑制するのだろうか?」

「そんなことはありません。カーストの相違が原因で、恋愛中のふたりの結婚を

親が許さない場合、子供は自殺すると言って親を脅迫するケースもあります」

「結婚する場合に、女性の側が持参金を用意しなければならないというのは

本当かい?」

「その通りです。子供がふたりいたとして、一男一女だったらまだいいのですが、

ふたりとも女だったら、親は大変です。親は子供の結婚のために、お金を貯め

続けなければなりません」

「だから、女の子が生まれても人は喜ばないらしいね」

「残念ながら、その通りです」

「それについて、どう思う?」

「インドの悪しき習慣です」

「いずれにしても、恋愛も結婚も簡単じゃないんだな」

「宗教や社会的な拘束の強い国ですから、恋愛や結婚だけでなく、離婚はもっと

難しくなります。今の時代でも、インド人で離婚するケースはほとんどありません。

特にヒンズー教徒の女性であれば、一度離婚したら先進国のように再婚することは

難しいですし、社会的にも苦しい立場に置かれることになると思います。

私自身はこのような考え方は非常に古臭いものであると思っていますが」

「君のカーストについて聞いてもいいかい?」

「私の苗字は戦士を生業としていたカーストです。上級カーストのクシャトリアに

属しますが、全人口に占める割合は非常に少ないカーストです」

「今でもカーストによる差別のため職業が固定化している事実はあるのだろうか?」

「それは無いとは言い切れませんが、都会ではかなり薄れてきていると思います。

今のインドは実力社会に移行しているので、宗教やカーストに関わらず、能力さえ

あれば高い地位に付くことも不可能ではありません。他宗教の人やヒンズー教の

低級カーストの人が、政治や経済の要衝についているケースはいくらでもあります」

「君は宗教に対して、どういう立場を取っているの?」

「ヒンズー教の家系に生まれましたが、個人的に宗教は信じていません。正直な所、

奇跡とか、信仰とか、宗教は前時代的なもののように思います」

「インド人なんだから、占いくらいはするんでしょう?」

「一度も経験したことがありません」

「それは意外だな」

「いえいえ、私のように大学で教育を受けた二十代の世代で、宗教に興味を持って

いる人間はほとんどいないと思いますよ」

「ご両親も同じ感覚なの?

「両親は、特定のマスターを持っていて、信心深く、ベジタリアンですが、子供に

宗教的なことを強制したことはありません。ですから、私はノン・ベジタリアンで、

週三回程度は肉を食べています」

「なんだかんだ言っても、人生の最後には、サドゥー(遊行者)となって、究極の

真理を求めて全国を放浪するのがインド人じゃないの?」

「とんでもない。サドゥーになろうと考える人なんて今時どこにもいませんよ」

「インドは宗教者が尊敬を集める国じゃなかったの?」

「今の時代、人々の尊敬を集めるのは、金持ちやビジネスが成功した人達だけです

よ」