イスラムの国でもアルコールをせがむニッポンのオヤジ

ある家電製品がリコールとなり、すでに世界中に流れていた

当該製品を各国で修理・再生するプロジェクトが発足した。

 

「君、どこの国でもいいだろ?」私の上司が言った。

「はい。非常事態ですから」

「じゃあ、中近東でもいいか?」

「ウゲッ!まじっすか?」

「具体的にはエジプト、クウェート、UAEの三カ国。サウジアラビアはどうするか

人事部と検討中だ」

「なんだあ、もうそこまで話が決まってるんじゃないですか!それにしても、

サウジにまで流れているんですか?」

「ここだけの話、ビンラディンのファミリーが所有しているという噂がある。

だけど、さすがにそこまで行くことはないだろう」

「それで、僕に同行する技術屋さんは誰なんですか?」

「去年、定年退職された柿元さんだ」

「冗談でしょ?!あのすぐにキレまくる伝説のカッキ―ですか?現役時代、工場中の

老若男女からめちゃめくゃ嫌われていた!?」

「腕はいいから」

「そんな無責任な!中近東みたいな過酷な土地に行くんですよ!あんな国際感覚の

欠けらもないオジキと何週間も一緒じゃ僕の身が持ちません。それにイスラム教徒

に暴言でも吐かれたりしたら、身の安全にも関わります」

「そうは言っても、中近東に行けるのは君とカッキーしかいないという結論に

なったんだ。君はインドで赤痢にかかったことがあるんだろう?」

「いいえ、コレラです」

「狂犬に噛まれたこともあるんだろ?」

「はい、2回だけ」

 

こうして私はカッキ―と中東三カ国を訪問することになったのだが、ケチの付け始め

は出発前から始まった。定年後、暇を持て余していたというカッキ―は、いざ正式

に中近東行のオファーがあると、異国に行けるわ臨時収入は入るわでノリノリだった

が、パスポートを持っていないことが判明した。

 

「パスポートなんかいるんか?」

「国外に出るんで・・・」

「どれくらい時間がかかるんや?」

「申請後、最低1週間だと思います」

「それじゃ困るがな」出発日が4日後に迫ったカッキ―は青ざめる。

「そうは言っても、パスポートがすぐに取れたなんて話は聞いたことがありません」

「それやったら田辺に電話せえや。あいつの親戚は国会議員だったやろ?」

結局、カッキ―は嫌がる田辺をゴリ押し、衆議院議員の先生の力を借りて、

超法規的処置でパスポートを3日で発行させることに成功させる。

 

そしてめでたく飛行機に搭乗したものの、私はカッキ―がアル中・予備軍

であることに気づく。カッキーは何度もフライトアテンダントに酒を持って

来させて泥酔した挙句、飛行機の通路を四つん這いで歩いている。

 

「カッキ―さん、赤ん坊みたいにハイハイしてどうしたんですか?中近東の

女性のスカートなんか覗いたら、カイロ空港に到着と同時に死刑ですよ」

「そんなこと言われても、メガネが消えちまったんや。なにも見えへん。

スチュワーデスのねえちゃんを呼んで、落としものの届け出がないか聞いて

もらえんやろか?」

「はあ・・・・」

結局、メガネは座席の下にあったが、それで一安心したカッキ―は再び

飲み始め、エジプト・カイロに到着するまで飲んでは大いびきという

はた迷惑な行為を繰り返したのだった。

 

さらにカッキ―は、行く先々で、現地のワーカーにキレまくった。

「おい、こら、そんな配線の順番じゃダメだって言ったやろ!貴様の無手勝流

なんてお呼びじゃないんや。お前らに技術のことなんか分かりっこねーんだから、

とにかくワシの言う通りにやっとけばいいんや、ホイ、通訳頼む」

 

「分かりました。言われた通りに通訳します。『思ったより皆さんの技術が高い

ので驚いています。この数日間、よろしくお願い申し上げます』

「随分、短い通訳だったけど、奴さん、ワシの言いたことは分かってくれたんか?」

「はい、ご覧の通り、みなさん神妙な顔をして頷いておられます」

「そうか。俺だって、こいつらのことが憎くてアホ呼ばわりしている訳ちゃうんや。

だけど、分かってくれたらいいんや」

 

その晩、私とカッキ―とその会社のエジプト人社長の招待を受け、ナイル川の畔に

あるレストランに招れかれた。珍しい日本人からの来訪者であるため、社長は

異文化体験をさせようと中学生の息子まで同伴させている。

 

ところが、カッキ―はそんな社長の心意気にも気付かずに、目の前の肉をひたす

らがっつき、中学生の息子が「サッカーをしています」と言っているのに、

「ワシはサッカーはあかん。野球しか見いひん」とかなんとか答えている。

 

さらに、社長の前で酒はダメだと事前に何度も言っていたにも関わらず、

私に向かって小声で囁き始める。

「店にビールくらい置いてあるんやろ?」

「さあ・・・」

「一杯くらい、いいやろ?」

「社長は厳格なイスラム教徒ですから、まずいです」

「難しいーこと言わんで、オメーも一杯飲めや」

結局、カッキ―は社長と息子の存在などお構いなしに、「うめー、うめー」と

言ってひとりで何杯もビールを煽りはじめた。

 

グローバル時代が到来したとは言え、この手のオヤジは未だに多い。

異国に出た彼らは往々にして内弁慶であるものだが、通訳が入った途端に

居丈高になったり、自分の言いたいことを簡単に言う悪癖がある点で共通している。

 

ちなみにカッキ―がひと月の間に覚えた英語は、「チッチ」という和製英語だった。

カッキ―がレストランで「チッチ」と言いながら人差指で前歯をほじる仕草をする

と、ウエイターがうやうやしく爪楊枝を持って来たものである。