コルカタ旅情・カーリー寺院
コルカタの夜は、カルカッタと呼ばれていた昔と同じ夜だった。喧騒止まぬ夜。
安宿のベッドに身を横たえ、目を閉じ、耳を澄ましていると、室外のざわめきが
ひしひしと身に迫ってくる。上階から聞こえる足音。隣室の扉の
ドッタン、バッタン。突然、室内電話が鳴る。なんの電話だろうと思って受話器を
上げると、「ディナーはもう食べたかと?」とレセプションの男の声。
夜の十時を過ぎた電話に腹が立つが、平均的なインド人の夕食時間はこの時間帯で
あったこと思い出す。リキシャやタクシーがひっきりなしに立てるクラクションの
音は夜になっても止むことはなく、路上のスピーカーからは演歌が流れている。
路地裏で遊ぶ子供たちの笑い声もあれば、露天に屯する男たちの声もある。
このやかましさは、まぎれもなくカルカッタ。
翌朝、カラスの泣き声で目が覚めると、私はカーリー女神寺院にむかった。
ここはヒンドゥー教のカーリー女神が祀られた聖地であり、好戦的で破壊と殺戮を
繰り返す女神の怒りをなだめるため、毎日、あまたの山羊が生贄として斬首される
という。ヒンドゥー教の三大神であるシヴァ神は、宇宙創造の根本原理として、
世界の創造・維持・破壊を司っており、破壊と降伏の神としての暗い側面と、
信奉者には恩寵を施す恩愛の神としての明るい側面を兼ね備えているが、
カーリーはシヴァの暗黒面を司る荒魂とも言うべき女神であるのだ。
寺に通じる門前町の左右両脇には、法要の供え物や祭具などを売る露天が
びっしりと続いているが、参拝客を目当てにした自称ガイドや乞食は路上で蠢き、
いざりや老婆達は路上に座ったまま通りすがりの者にものを乞うている。
寺には八時ちょうどに到着したが、狭い寺の入口には、カーリー女神を祀った
狭い神殿にむかった捧げ物を持った参拝客の長蛇の列ができている。
私は小一時間も並んでようやく神殿の中に入ったものの、そこには女神を取り
巻き、その場をなかなか離れようとしない参拝客の渦ができていた。
気の遠くなるほどの人いきれ。私は人波を掻き分け、その渦の只中まで入って
みると、目の前には、墓石のような真っ黒い石の上からどろっとした生血を
思わせる真紅の両目と第三の霊眼を付けた女神が鎮座していた。
石の周りには、女神が餌食とした魔神の生首の輪の代わりにサフランの輪が
飾られている。
寺の案内人に聞くと、儀式は九時から始まると言うが、儀式が執り行われる
次の間に目をやると、分厚いバガバットギータを目の前に置き、線香の前で、
胡坐を組んで経を唱えている男がいる。寺の中にいるうるさい物売りを避けるため、
私はこの男の横に坐って目を瞑り、儀式が始まるのを待つことにした。
ところが、九時を過ぎても山羊は現れなかった。そこで別の案内人に問うて
みると、生贄の儀式は十時半からだと言う。
私はインド人の部下と九時半から宿で打ち合わせをすると言い残してきた
手前、いったん宿に戻って打ち合わせを簡単に済ませ、十時半までにもう一度
ここに戻って来ることにした。三島由紀夫の「豊穣の海・暁の寺」にも登場する
この儀式を、私は恐れに震えながらも、なんとしても自分の目で見たいという執念
が生まれていたのだ。
こうして私にタクシーに飛び乗り、宿にむかったが、幸い道は混雑していな
かった。ところが、タクシーがチョウロンギー通りを北上し、宿のある
サダルストリート手前にある交差点を右折した刹那、羊飼いに追われた山羊の大群
がタクシーめがけて突進してきたのだった。
フロントガラスの目の前には、五十匹は下らないだろうと思われる山羊。
予期せぬ山羊の突進に動転したタクシードライバーは、急ブレーキを踏むと同時に、
山羊にむかって雄たけびを上げた。
私は部下と合流し、気もそぞろに仕事の用件を伝えると、昼までには帰って
くると言って再びタクシーに乗ったが、この時も渋滞に巻き込まれることはなく、
儀式の始まる十時半までに寺院に到着することができた。
しかし、山羊の斬首場所に行ってみると、すでに線香の臭いがあたりを充満し、
何本もの蝋燭が炎を揺らす中、インド人の巡礼者たちが両手を合わせて祈りを
捧げている。私は呆然とその場に立ち尽くしていたが、その場に居合わせた見ず
知らずの寺の案内人が近づいて来て、「予定通り十時に儀式は終了しました」と
言った。