インドでATMが故障した!

日曜日の夕方。スーパーで買い物をするため、市中のATMにバンキングカードを

入れて出金しようとすると、ガサガサと紙幣を数える音が一分以上も止まること

なく、嫌な予感がした。

 

案の定、現金のみならず、バンキングカードがATMに吸い込まれたまま出て

こない。

日曜日のため、私はブースの中に備え付けられた非常用の電話から銀行に連絡を

入れて、急ぎカードの差止めをしなければならなくなった。「ついてねーな!」

私は週末の終わりに予期せぬトラブルに巻き込まれ暗澹たる気持ちになった。

 

だが、ブースの外には私の出金を終わるのを待っているインド人のサラリーマン風

の男がいた。中年で太鼓腹の男。私は彼にATMが故障したことを伝え、非常用の

受話器からすぐにヒンズー語で銀行に連絡を入れてもらうようお願いすると、

幸いにもその男は私の申入れを心よく引受けてくれた。

 

ところが、その後彼が取った行動は摩訶不思議としか言いようのないものだった。

 

男は何を思ったか、故障中のATMに自分のバンキングカードを突っ込んだのである。

「このオジキ、一体なにを考えているんじゃ!ATMが故障しているのは百も承知

で、出金手続きを試みるとは!なんと無謀な!」

時としてインド人はなにを考えているか分からない宇宙人的行動を取ることがある

が、まさにこの時がそうだった。私はATMが再びガサガサと音を立てるのを聞き

ながら、論理を超える男の行動に眩暈を覚えた。

 

しかし不思議なことは起こるものである。しばらくするとこの男のバンキング

カードはATMの中から自動的に引戻され、現金も見事に引出されたのである。

男は「ノープロブレム」と言って、当たり前のように紙幣を数えて始めている。

だが、男が騒ぎ出すのに時間はかからなかった。なぜなら男が手にした現金は、

ATMに入力したはずの金額の半分に満たなかったのだ。

 

男は、ビザ屋の青年宅配員四名がATMの前で暇を持て余しているのを見つけると

狭いブースの中に招き入れた。そして身振り手振りの事情説明を始めたが、

この男の手にかかると僅か二分のうちに起こった出来事が、インド式に首を

横に振って理解を示す青年達の誠意ある態度にも後押しされて、どれだけ説明

してもまだ足りぬ大絵巻となるのだった。

 

その間、私は男達の果てることなき長話や哄笑を聞きながら、苛立ちと怒りと

一人取り残された孤独感に苛まれながら、ひとりATMを睨みつけていた。

 

男はようやく長談義を終えると、自ら非常用の受話器を手にしたが、誰もが

暗黙の内に予想していた通り、電話は故障している。男は受話器の先がうんとも

すんとも言わないことを見届けると、さもありなんとばかりに、愚痴をこぼす

でも、落胆するでもなく、一人ブースを後にした。

 

私はと言えば、すぐにでもカードを差し止めたい思いから、非常用の受話器の

上に貼ってある二十四時間対応のカスタマーケア・センターに自分の携帯から

電話をかけてみたが、受付のインド人の女性が何語を話しているかさえ判然と

しない。

 

そのため、私は英語のできるピザ屋の宅配員たちに通訳の助けを求めてみたが、

彼らの表情を見るにつけ、すでに興は完全に冷めており、哀れな外国人に救いの手

を指し伸ばす心意気は失っていた。

 

そこでやむを得ず、私は嫌がる宅配青年に無理やり携帯電話を押し付けたが、

青年とカスタマーケアとの会話は欠伸が出るほど長く、これだけの会話を青年が

後で適当に通訳することを思うにつけ絶望的な気分になった。

結局、青年は電話を切ると「今日はどうすることもできないと言っているので、

この場は諦めて、明日もう一度電話して下さい」とだけぶっきら棒に言うと、

ブースから逃げるように出て行くのだった。

 

時を同じくして、ATMを管理している老年職員がやって来た。誰が呼んだ訳でも

ないのに、上手い具合に役者は揃うものだ。

日に焼けた老人は、ズボンのポケットから小さな鍵を引っ張りだしてATMの脇に

付いてある小さなボックスを開けている。

きっとそこには不測の事態が起こった時ATMをこじ開ける秘密の小道具が閉まって

あるのに違いない。私は現金は取り戻せなくとも、カードだけでも何とか今日中に

取り戻したいと願っていた。

 

ところが、老人が開いたボックスの中身はゴミだらけ。私は無駄を承知でATMの

内部を開けるよう頼んでみたが、案の定、老人はボックスを開ける以外の鍵は

持っていなかった。

 

私は意気消沈して「鍵がないのであればどうしようもないので、今すぐカスタマー

ケア・センターに電話をして、私のカードを差止める止ように伝えて欲しい。

私はヒンズー語が話せないので、どうか助けて欲しい」と懇願したが、それでも

この老人は梃子でも動かず「明日まで待て!」の一点張り。

私は最終手段として「お宅のマネージャーにクレームするから名前を言え!」と

声を荒げてみせたが、それでもこの老人は最後まで自分の勤める銀行に電話の一本

を入れることを拒み通したのだった。

 

翌日からも大勢の人を巻き込んでの騒ぎは続いたが、結局銀行から何か月も待た

されることになり、しまいにはカードのことなど忘れた時に、ようやく新しい

カードは再発行された。