インドでビジネス(後編)魑魅魍魎の世界

部下のタルンが私の席に駆け込んできた。

「グプタ販促部長が僕と先輩サルタックのことを名指しにして、いつも二人で

同じ仕事をしているとマハジャン常務に苦言を呈したようです」

「どうしてそれを知ったんだい?」 

「マハジャン常務がサルを個室に呼び出して真相を聞いたんです」

「そうしたらサルは何と言ったんだ」

「二人できちんと仕事は分担しています。戦略や収支など高度な仕事は

自分で、日常の雑事は僕に任せていると言ったそうです」

「逆じゃないか!サルは立場と給料が君より上なのに、いつも仕事のやり方を

君に聞いているじゃないか!」

「彼はマーケティング担当であるにもかかわらず、寝ても冷めても商品技術の

話ばっかりで、ポンプの性能とかタンクの構造とか、どうでもいいことばかりに

興味を示す馬鹿野郎ですよ」

「いつも知ったかぶるしな」

「貴方への報告も嘘ばっかりですよ」

「おい、まじか???部下の報告がすべて出鱈目なのか!!!」

「来週日本の幹部が訪問する小売店に展示台がきちんと設置されていると

彼が断言していたのも嘘です。彼はその店に行ったことがありません」

「あとで問い質してみるけどな」

「問い質しても、セールスマンに確認したらそう言われたとか、嘘の上塗り

でしょうね」

「何でそんなつまらない嘘をつくんだろうか?」

「彼は虚栄心から、自分は何でも知っていることをアピールしたいのです」 

「グプタもサルもどうしようもないな。これじゃ事業を急速に立ち上げるなんて

無理だよな」

「実は、グプタは僕とサルのことを呼んで、貴方の言うことは一切聞かないで

いいと言いました」

「いつのことだい」

「昨日のことです」

「冗談だろ?三日前に彼の自宅に招待されて、『貴方は日本とインドの間の

仲介役となって大変よく働いてくれている』と言われたんだぜ」

「それはおべんちゃらだったと言うことです」

「とんでもねえ悪党だな」

「自分の身は自分で守るしかないと言うことだな。売られた喧嘩は買って

やろうじゃねえか。どれだけあいつが組織の弊害になっているか今からパンヌさん

に説明してやろう。もしかすると、俺の言質が正しいかどうか、あとでパンヌさん

が君やサルから裏を取るかも知れない。その時は、我々マーケティング部門の総意

として『グプタは役立たずである』と思っていることを明言しておいてくれ。

サルにもそのように伝えておいて欲しい」

「分かりました。サルとグプタも犬猿の仲ですから、グプタが追い込まれると

なればサルは万々歳でしょうね。パンヌさんは勤勉な日本人にシンパシーを

感じているので、貴方が言われることには好意的に耳を傾けるに間違い

ありません」

 

私は折り入って話しがあると取締役のパンヌさんを会議室に呼び出した。

「お忙しい所、お呼び立てして申し訳ありません。今日は少しデリケートな

話しをさせて頂きたいと思い、わざわざ会議室までお越し頂きました」

「ほう、どんな話かね?」パンヌさんは神妙な顔付きになった。

「マーケティング部隊と販促部隊の話です。ご存知の通り、マーケティン

グ部門は、私とサルタックとタルンの三人体制ですが、事業を成功させるため

には販促部隊とひとつのチームとなって仕事をしなければなりません。

このことは、私だけでなく、サルタックとタルンも同じ想いです。

しかしながら、グプタ部長と仕事を進めることは非常に難しいと感じて

います。たとえば、昨日、彼が発信しているこのメールを見て下さい。

彼は販促支援の立場にもかかわらず、マーケティング部門を飛び越して、

宣伝会社に対して、勝手に新聞宣伝の発注をしています。これでは、

宣伝予算のコントロールが聞かず、蓋を開けたら大赤字ということにも

なりません。このようなことが日常茶飯時に起こっています」

「このメールは私にも落ちているのかね?」

「いいえ、落ちていません。タルンにだけ落ちています」

「営業の片割れの分際で、このような越権行為は許されるものではない」

「先日制作したカタログの表紙をご覧下さい」

「なんだね、この赤ん坊モデルは!」

「グプタとはこれまで何ヶ月もかけて議論し、宣伝物のキービジュアルは健康家族の

イメージで行こうとすり合せをしていました。ところが蓋を開けたら、コップを手に

した赤ん坊です」

「なんとバカな!すぐに写真を入れ替え給え」

「それがグプタはすでに二十万部も印刷してしまったと言うのです」

「くっ・・・ところで、なぜ彼は赤ん坊の写真にしたのだろうか」

「インドでは赤ん坊は国家の宝であり、クリーンなイメージであるからとの

ことです」

「それはそうだが、それは男の話であり、この赤ん坊は女ではないか!インド

では女には価値がない!彼は何を考えているんだ」