チェンナイ旅情

一度旅したことのある思い出の土地を時を隔てて再び訪れる味わいは、

初めての土地を旅する刺激的な味わいとは別のものである。

当時の街や人の姿や空気や臭いが遠い昔の自分の姿と重なって、郷愁と共に、

再び目の前に立ち上がるのだ。

あの時以来、私の人生にはどれだけの変化があったことだろう。この時の流れの

中で、私の中で何が始まり、何が終わったのだろう?

それとも、廻り続けるの輪の中で、今もどこかに向かう旅の途上にいるの

だろうか?それとも時の流れに意味はなく、時は過去から未来へむかって、

川の流れのように茫漠と過ぎ去っていくものに過ぎぬのだろうか?

 

二十世紀の後半に、英国植民地時代の呼称は改められ、インドの大都市における

正式名称は悉く新しいものになった。西のボンベイはムンバイに、東のカルカッタ

はコルカタに、南のマドラスはチェンナイになった。

姓名判断で言われるように、人の人格と名前にはなにがしかの関係があるので

あれば、街の性格と名前にも大きな依存関係があって、そこに住み慣れた人に

とっては、簡単に呼称を変えることができない心理が働くとしても不思議ではない。

今でも旧名称を好んで呼ぶインド人が多いのは、これらの大都市が、歴史の中で

強烈な個性を育んできただけではなく、その舞台で演じた自分の人生が都市の

名前に重なっていることが理由かも知れない。

 

私は今から二十年以上前、灼熱のカルカッタを抜け出し、長距離列車に乗って、

海を求めてマドラスに来たことを思い出していた。

マドラスのセントラル駅に到着したのは夜中の一時過ぎだったが、そんな時間帯

にもかかわらず、南国特有のねっとりとした蒸し暑さが身を包んだ。私は駅前で

拾ったサイクルリキシャー(自転車の後ろに幌のついた人力車)に飛び乗ると、

彼の紹介する安宿に向った。

 

静まりかえった夜中の街を老年のリキシャーマンは急ぐこともなくペダルを

回し続けたが、デコボコ道を揺られながら私は幾つかの光景を見た。甘い匂いの

するたくさんの椰子の木。白いコンクリートの家の窓から漏れるライトブルーの

蛍光灯の光。うっすらとした雲のかかった満月。

そして今、チェンナイ国際空港から市内のホテルに向うタクシーの中で、

私は再び同じ光景を眺めているのだ。

 

翌日、シバ神を祀るカーパーレーシュワラ寺院を訪れた。ピラミッドにように

先端に向って先細りする高さ四十メートルの塔門は、南インド独自のドラヴィダ

文化の建築様式で、原色の艶やかな色彩の衣を着けた数え切れぬほどの男や女や

神々が幾層もの雛壇となって天上に伸びている。その姿は、あたかも塔そのもの

が神話を語っているかのようだ。

 

境内に入ると、ひとりの老年の男が近づいてきて、タミル語で「靴を脱げ」と言った。

入口まで戻り、その脇の管理所に靴を預けると、後ろを付けて来たその男は私に

向って掌を指し出しながら、再びタミル語で何かブツブツと言っている。

ガイドブックで警告されているように、きっとぼったくり屋に違いない。

そう思った瞬間、男は私の手を握り、思い出した英語で「Shake Hands」と言った。

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