香港の長い夜

香港。

そのネオンきらびやかな夜景は旅情を誘うが、ショッピングとグルメが

観光の目玉で、物価も高いため、バックパッカーがあまり寄り付かない場所

である。

多くのバックパッカーは香港に立ち寄ったとしても、そこで金をすり減らす

ことを敬遠し、すぐに東南アジアやインドに向かってしまう。

そんなことを知らなかった私は香港に到着した後、ねっとりとした蒸し暑さに

汗を垂らしながら、香港で一番安い宿が集まっているという重慶大厦

(チョンキンマンション)に向かった。

 

そこは九龍半島にあるネイザンロードという一等地に立っている団地のような

構えのビルで、入口には両替屋や偽物の時計屋が並ぶ横で、アフリカやインド

から来た諸兄が屯してる。

私は入口の前で声を掛けられた香港人のおばちゃんに案内され、おんぼろの

エレベーターに乗り、十数階まで上がっていったが、紹介された最安値の部屋

を見ると、薄暗い三畳一間にようやく身を横たえられるだけの簡易ベッドがある

きりだった。

トイレとシャワーは共同で、部屋には窓のひとつもなく、壁には「I suffocated to

death. (私は窒息して死んだ)」と落書きがある。

風に当たろうと部屋を出て、非常階段から下階を眺めると、広い踊り場には食べ

かすや下着のゴミなどが山ほど溜っていた。

私は日本からの到着直後にいきなり気が滅入り、前日に自宅で入った熱い風呂が

早くも懐かしくなったが、それでもこれから100万円ちょっとで世界旅行を

することになるため、この部屋で我慢することにした。

 

翌日から香港を旅することになった訳であるが、昼はやたらと暑い上、

都会人である現地人は誰も近寄って来ず、旅の醍醐味であるハプニングが何も

起こらない。

かと言って部屋に戻ればかび臭く息が詰まるため、もう一度外に出て、無理

やりデパートや商店を見るものの、日本のそれと大して変わらない。

結局、私は冷房の効いた映画館で時間を過ごすことが多かった。

「あー、退屈!」

香港に来てから5日も経ったのに、私は食堂でメニューを注文するくらいしか、

人と話す機会がなかった。あまりにも退屈だったので、機内で隣に座っていた

北海道出身のナンシー関似の女性が泊っている安宿まで冷やかしに行った。

しかしなにを勘違いしたのか、ナンシーは若い男の突然の訪問に動揺している。

機内と打って変わって波長が合わなくなっていることを感じた私はすぐに

退散することにした。

 

しかし、翌日バンコクに向かうことが決まった香港最終日、旅は動いた。

10AM。早く起きても時間を持て余すことを経験していた私は、前日夜中まで

起きており、10AMになってもまだ寝ていたが、「コンコン」とドアをノック

する音が聞こえた。

「誰だ、こんなところに。人まちがいじゃないか?」と思ったが、音はもう一回、

二回と鳴る。

誰であっても私にとってメリットがある人が来るはずはない。私は面倒に思い

ながら、渋々起き上がって扉を開けた。

すると30代中盤と思われる国籍の不明の女が目の前に立っていた。

厚化粧で、きつい香水を放っているが、胸がやけにでかい。もしかすると、

共同シャワーで一度通りすがった人かも知れないが、私は見知らぬ女性の突然

の来訪にすこぶる驚いた。

(要するに、私もナンシーの心境になっていた訳である)

「よかったら、これどう?」女は赤いリンゴを私に手渡した。

「有難う。この階に泊まっている人?」

「そうよ、隣の部屋。そこに住んでるの」

「住んでるって、香港人なの?」

「タイ人よ」

「そうなんだ」と言いながら、私が訝し気に思っていると、

「ちょっと私の部屋に来ない?いいもの見せてあげるから」と女は言った。

私の部屋より幾分広いその部屋にはセミダブルのベットと洋服ダンスまで付いて

いたが、女はごそごそとスーツケースの中から写真を取り出すと、寝間着のままの

私に説明を始めた。

「私の誕生日には1000人もの人が集まったの」

「すげー」私はイラン国営航空の自称パイロット氏を思い出しながら、思わず

唸ってみせた。ところが、彼女はパイロット氏と違い、アリバイを見せたの

だった。

「世界中の色んな有名人と知り合いなのよ」

「本当?」

「ほら、マイケルとだってこんなに仲良かったんだから」

「うわー、マイケル・ジャクソンと顔を寄せ合ってる」

「ユン・ピオだって誕生日に来てくれたんのよ」

「うわー!すげー」

「これは私の10年前の写真」

女は濃い水色のスカートから生足を見せてポーズを取っているが、上半身は裸で

大きなおっぱいが丸見えの写真だった。私が戸惑った顔をしながらその写真を

眺めていると、女は言った。

「香港に来るまで、タイでストリップをしてたのよ」

私はおそらくMore thanストリップだったのだろうと推測したが、女は

「これあげるわ」と言って、その写真を私に手渡した。

その晩、再び女は私の部屋にやって来た。

「ディスコに行かない?」

「いいけど、こんな服しかないんだけど」と言って、私は手持ちのTシャツと

ジーンズを指さした。

「ジャケットは持ってないの?」

「ないなあ」

「Tシャツじゃ、入店させてもらえないのよ。だったら、私のを着て行きなさい」

そう言って女は、白いジャケットを部屋から持って来ると、180CM以上ある

私に無理やりそれを試着させた。

「ちんちくりんだけど、仕方ないわね。これを来て入店しなさい」

そして私は女の案内でタイのヌードルを食べるため重慶大厦の近くにある屋台に

行ったが、そこでふたりで長椅子に腰かけながらビールを飲みながら、

女は「自分には日本人の平田というスポンサーがいる」と言った。彼は日本から

駐在で来ている大手自動車メーカーの幹部で、単身赴任をしているらしい。

女は携帯を取り出すと、平田に電話した。

「もしもし」女は日本語でバカ笑いすると、その後は英語で平田に話し出した。

「元気にしてた?随分会ってないわねえ・・・また会えるの?」

しかし相手は煮えきらない模様で、女は苛々している模様。

「私の横に、今、日本人がいるから、ちょっと代わるわ」

「えっー?俺が平田となにを話すの?」

「なんでもいいから」と女。

「もしもし、はじめまして」と私。

「は、はい。こちらこそ、はじめまして」と平田。

「わたくし、この女の方と同じ重慶大厦の住人です」

「そうですか」

 そして沈黙が流れる。

「香港でお勤めなんですね?」

「まあ」

「私どもは、今、タイのヌードルを食べていて、これからディスコに行く予定です」

「そうですか」

「それでは失礼します」

「は、はい」

 そして電話を切ると、女はなにを話したのか私に聞き、平田は「そうですか」と

「はい」と言うのが口癖だと言ってひとりで爆笑していたが、しばらくすると

今度は真顔になって言った。

「日本人の男って言うのはよー、なんではっきりしねえ答えばっかりするんだ

よ。いいんだか悪いんだか、やりてえんだかやりたくねえんだか。どっちなんだよ。

しかもやることやったら、人を人とも思わねーでよー、ふざけるんなよ」

私は神妙な顔をして相槌を打っていたが、彼女は屋台のおじやにお愛想を済ますと、

流れのタクシーを呼び止めて、ヴィクトリア・ハーバーが見渡せる高層ビルの

一角まで向かわせた。

ディスコはビルの最上階にあり、高速エレベーターに乗って入口まで行くと、

大音響の鳴り響く暗い店内では、モダンな感じのする香港人――多くはOLらしき

女性――がどことなく遠慮がちに踊っていたが、得たいの知れない二人組は

いささか彼女らの視線を浴びることになる。

国籍不詳のタイ人女は、浅黒い体に白いぴちぴちのボディコンスーツと太ももに

レースの付いた黒網のタイツを着ており、香港人にしては背の高すぎるスポーツ

刈りの男は、身の丈に合わない女ものの白いジャケットを着て、肘から先を

ジャケットからのぞかせている。

 

こうして踊り続け0時を回ろうとした頃、女の知り合いである香港マフィアがやって

来た。ポマードをたっぷり頭につけた小柄な男だったが、マフィアというよりは、

狡猾なサラリーマンのような目つきの悪さだった。片目が閉じたままの若い

運転手の子分を連れている。

私はすでに泥酔しており、マフィアの男となにを喋ったか覚えていないが、

気が付けば、私とタイ人女と香港マフィアの三人で一気飲み大会が始まった。

お代は香港マフィア持ちで、次から次へと1ショットのテキーラが運ばれてきた。

私はただ飲みできる嬉しさも手伝い、40度もあるテキーラを10杯連続で

一気飲みして悦に入っていた――以前ご紹介したように、プーケット島で出

会ったカリフォルニアの美少年バイ君にメコンを飲まされ続け、あわやパンツを

脱がされかかったものの、なんとか貞操を守ったことが大いなる自信につな

がっていたことは言う間でもない――が、その頃には女とマフィアはすでに

潰れかかっていた。

子分はマフィアに肩を貸し、私は女に肩を貸し、なんとか駐車場まで歩いて

いくと、マフィアのBMWがあった。ふたりを後部座席に押し込んだ私は

助手席に乗り、子分に重慶大厦まで送るように命じる。

 

重慶大厦に到着すると、私は女を引きずりだし、エレベータに乗らせて、

ふらふらになった彼女を部屋まで送り届けたが、女はセミダブルのベッドの

上に倒れるように仰向けになって寝転ぶと、白いボディコンドレスを頭からパッ

と脱ぎ去った。

すると、パンツこそはいていたものの、ブラジャーを付けていない彼女のおっぱい

が私の眼前にどーんと現れた。

それは昼間写真で見たおっぱいの生の姿だったが、写真と同じものとは言え、

あれから10年も経っており、その間にどれだけの赤ん坊をあやしたのかと思わ

せるほど、ハリを失い、ドス黒い乳輪だけが上を向いていた。

女はほとんど無意識のまま、一瞬私をベッドに引きづり込もうとしたが、それが

無理だと分かると同時に大きないびきをかいて寝てしまった。

彼女の故郷であるタイに向かうため、翌朝早くに空港に向かった私にとって、

それが彼女と出会って過ごした最初で最後の一日であった。