ヨルダン・ぺトラ遺跡

アラビアのロレンスに男のロマンを感じた私は、紅海に面するアカバにしばらく滞留していたが、ある時世界遺産のぺトラ遺跡に日帰り旅行に行くことにした。

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 すると、安宿の相部屋にいた中山君からお声が掛かった。

「お供してよろしいでしょうか?」

当時、彼はアメリカの大学からイスラエルに1年間留学している学生で、私と同じような年代ということもあり、断る理由はなかった。

そして、ふたりは灼熱の太陽が上る真昼間、ローカルバスに乗ってぺトラ遺跡へと向かった。

ぺトラ遺跡の入口に到着するや、ふたりは巨大な岩の間をテクテクと歩き、

「インディージョーンズ」の舞台にもなったエルハズネ(宝物殿)を感嘆しながら

仰いだ。

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そして850段の階段を息せき切って登った後に出現した山上のエド・ディル

(修道院)では沈みつつある夕日の美しさにさらに大きな嘆息を漏らしたのだった。

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 しかし、山を下り、再び入口に戻ると、あたり一面真っ暗だった。通りすがりのヨルダン人を捕まえると、アカバに行くバスはもうないだろうと言う。

しかも周囲には一夜の宿もない。

「どうしましょう?」中山君は英語が流暢な割に、顔面蒼白になっている。

「どうしようも、こうしようも、ヒッチハイクしかないだろう!」私はそう言うと、

数百メートル先に見付けたガソリンスタンドまで速足で歩き出した。

そして何人かのドライバーと接触すると、幸い石油を入れた巨大なタンクローリー

を運転するフセイン氏がアカバまで乗せてくれることになった。

アカバまでは3時間もかかったが、運転手は気さくな中年男性で、

途中ジュースやパンまで買い与えてくれた。

窓外は深い闇夜。私は中山君は眠ったら運転手に悪いと思い、疲れた身体に鞭を

打ち、日本のことを中心に一生懸命喋りかけていたが、お互い話題も尽きると、

あっちの話にならざるを得ない。

「ミスター、ヨルダンでは夜のお姉さんなんかいる訳ないです

よね?」親切とは言え、相手は日本で馴染みのないイスラム教徒。私は恐る恐る聞いてみた。

「ない訳ないだろうが!」

「えっ!?嘘でしょ?イスラムの国でそんな場所があるんですか?」

「ああ、いい場所がある・・・」

「中山君、見るだけでいいから見たいよな?」

「はっ、はい。見たいです」

「マスター、危険じゃないんですか?」

「ノープロブレムだ」

「警察に捕まってチンチン切られたりしませんよね?」

「切られん」

これから、どんな展開になってしまうのだろう?私と中山君は恐ろしさと興奮が

入り混じった奇妙な感情を味わっていた。

 アカバに市街に入ると、運転手はブロックでできた平屋建ての家が幾つか並んで

いる場所でタンクローリーを停め、「ちょっと待ってなよ」と言って暗闇の中に

消えていった。

頭上を見上げると、満点の星。こんな寂れた場所だからこそ、「隠れ家」が

あるのだろうか?

「どんな女の娘がいるんですかねえ?ベリーダンスくらいしてくれるんですかねえ?

それとも、もっといいことをしてくれるんでしょうか?」

エルサレムに留学しているだけあり、エキゾティックな容姿の中東女性が好きだと

言う、日本人にしては変わり者の中山君は、もやは興奮を抑えられない模様。

「いくら金持ってる?」

「300ドルあります」

「念のため半分は靴の中に入れておこうぜ」

「分かりました」

「パスポートは?」

「部屋に置いてきました」

「だったら大丈夫だ」

 すると、フセイン氏が戻ってきた。

「俺について来い。3人用意した」

「えっ、3人も?」

「日本からお客さんが来たと言って、店と話を付けてきた」

そして恐る恐るフセイン氏に付き従い、古びた一軒家の玄関の

前に立つと、頭からつま先まで全身白装束の複数の人影が見え

た。ところが、よくよく見ると、皆黒ひげを蓄えた顔でにっこりと笑っている。

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*写真はイメージ。

「バカ野郎!モーホーのオヤジじゃねーか!」

私と中山君は夜のアカバを一目散に駈け出した。