シドニーの中国人
シドニーには中国人が多いので、街のあちこちに中華料理屋がある。
私のお気に入りは、郊外のフードコートにある手打ちヌードル屋。
中国人の旦那が麺打ちと料理を担当し、奥方がサポートをしている。
北京と名の付く店なので、彼らは北京出身なのだろう。
ところで、この旦那は片言の日本語で「こんにちわ!」とか「バンバンジー!」
とか言ってやけに愛想がよいのだが、奥方と言えば誰に対してもニコリともしない。
3年間も定期的に通っている私に対してもいつも知らんぷり。
客に対して「How are you today?」と言うのがオーストラリアの普通の光景である
が、この奥方は人の顔を見るなりこんな感じなのだ。
「What do you want!(おのれ、なに食うんじゃ!)」
お釣りを渡す時も、客に手渡しせずに、カウンターに叩きつける。
それにも関わらず、旦那の作るヌードルが旨いので、客は文句を言えない。
(ちなみに、この奥方の顔は、野村サッチーと落合信子とデビ夫人を3で割った
なかなかの美人であるが、旦那が仕事ができるという点でも4人は共通している
ことに注目されたい)
ある時、私はしこたま酔った後にこの店に立ち寄ると、なんとしてもこの奥方の
笑顔を見たいという不埒な考えが浮んだ。
そしてヌードルの碗をセルフサービスで返却する際、わざわざそのために近くの
コンビニで買ってきた「ポッキー」数箱を奥方に手渡した。
「なんじゃこれは!」仰天した奥方の目玉は飛び出さんばかりだった。
「プレゼントでっせ!」
「No~!」頬に薄紅が入ったところを見ると、もしかして奥方は照れているのだろうか?
「まあ、そう言わんと」
「No~!No~!」必死でポッキーを押し返してくる。
「だから、プレゼントだって!」
「ウォー!!!!!!!!!!!!!!!!」
奥方は最後には雄叫びを上げるも、私はポッキーを押し付けたまま退散した。
翌週。私は今度はしらふでその店に行ったが、奥方は私と目が合ってもいつもの
ようにニコリともしない。
「ポッキーの効果なしか!氷のような女だなー」私はそう思いながら、注文した
お気に入りのヌードルを受け取ったが、感動のあまり声を失った。
「あっ、いつもよりキクラゲがいっぱい入っている!」
それは、鬼の形相の奥方を初めて愛おしいと思った瞬間であった。